「うんこ」の話をしよう。

大学も3年になると就活が始まって、インターンの志望理由とか自己PRとか、いつの間にか思ってもない意識高いことばかり書いているような気がする。

ただ、本当に良い就職活動は学生も企業も飾らないで本音でぶつかり合うことだろうし、ネットでテンプレを調べて恐る恐る書くESとか、想定回答を用意して練習する面接とか、そういうのって本当は多分あんまり意味がない。

ES書きたくない、でも書かなきゃやばい。自己PRとか、素の自分のまま書いたら他のまともな就活生に負けそうだからちょっと盛ったりする。そんなことをしてるうちに、はるか天空まで上昇していく意識。いま、部屋の畳の上にいる僕と、紙の上に表現された僕は、平成初期のプリクラも驚くくらいに別人だ。

だから一旦ここで、うんこの話をしたい。

なぜうんこなのか

Photo by Giorgio Trovato on Unsplash

なぜうんこなのか。ひとつは「うんこ」が意識の高さエレベーターの地下135階くらいに位置していること。そして、「うんこ」こそが僕の心の源流に流れているものだと思うからである。

小学生時代、親の影響でテレビっ子だった僕はお笑い芸人になりたいと思っていた。ただ、小学生がオリジナルで面白いネタを思いつくわけもなく、芸人のネタを真似したり、漫画のギャグの真似をしたりしてクラスの人気者になろうとしていた。

中でも、漫画の影響を受けてクラスの中でもいち早く取り入れた言葉が「うんこ」だ。

うんこという魔法の言葉を得た僕は最強だった。

僕「うんこ」

その瞬間、教室が爆笑の渦に包まれる。

うんこといえばみんな笑う。うんこの絵を描けば誰もが幸せになる。うんこは神のような存在だった。うんこ is GOD だった。(あくまで男子の話である)

しかし、うんこによってもたらされた栄華は長くは続かない。学年が上がるにつれ「うんこ離れ」は進み、小学4年くらいになるとむしろ「うんことかいまだに言ってる奴はちょっと恥ずかしい」みたいな空気が流れるようになる。そう、うんこ was GODの状態になってしまうのだ。(英語弱者)

「みんなあんなにうんこうんこいって大喜びしてたのに…」

置いていかれたような気持ち。でも僕も周りに流されて、いつしかうんこを自粛するようになった。

うんこの影を、今でも追い続けている。

Photo by Jonas Eriksson on Unsplash

そもそも、うんこは一体何が面白いのか。多分リアルうんこのことを僕はそんなに好きじゃない。臭いし。

でも、小学生時代の僕らは「うんこ」という言葉に異常な面白さを感じていた。響きなのか、デフォルメされた、ソフトクリーム型のあのシルエットなのか。本当にわからない。「ウコン」でも「んうこ」でもなく「うんこ」なのだ。うんこと誰かが言った瞬間に、飛び跳ねるようにみんな喜ぶ。何か危ないクスリをやっているとしか思えない。なんなんだ、うんこって。

うんこが面白い理由はわからない。だが、うんこと言い放った瞬間の爆笑だったり、みんなが笑ってくれたときの嬉しさとか甘い痺れみたいなものだったりを僕は覚えている。こうやって今もブログをだらだら書いているのは、言葉によって人を面白がらせる感動が忘れられないからだ。そういう意味で僕は今も、うんこの影を追い続けているのかも知れない。

「うんこ」という魔法の3文字の代わりに、文章で誰かを楽しませる。僕はやっぱり書くことが好きだし、あの日の感動をもう一度、違う形で再び味わいたい。そして、うんこを超えた先にある景色をいつか僕は見てみたいのだ。

(おわり)

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