結局学歴は必要なの?受験戦争終結から2年経った今、思うこと。

「早慶以上じゃないと意味はない。GMARCHはクソ。それ以下は一生負け犬。」

高校の時の自分がいたクラスには、こんな風潮があったと記憶している。

ネットの掲示板、「5ちゃんねる」の受験サロンでは「旧帝大以上に受からなければゴミ」とさらに過激な論調もある。

受験が終わって、蓋を開けてみればクラスの半分も早慶以上には行っていない。

そして、GMARCHもしくはそれ以下の偏差値の大学にしか受からなかった人間は、過去の自分の言葉に縛られることになる。

「GMARCH以下は人間ではない」

果たして本当にそうなのだろうか?

答えはもちろんである。

2020年2月20日。第一志望の大学に無事合格し、受験という長い戦を終えてからちょうど2年経った今日。

僕が学歴社会と、それを煽る高校に対して感じたことを書いていきたいと思う。

もし勉強で行き詰まって、悩んでいる中高生がいたら是非最後まで読んでほしい。

大学受験はゴールではなかった

高校の時はとにかく大学に受かることが重要だった。

良い大学に受かれば、必然的に良い企業に就職できる。そして幸せに暮らすことができる。

なんとなくそう考えていた。

しかし、現実はもちろん違う

大学生になればまた一からの学びが始まるし、企業に入るために就活をしっかりやらなければいけない。

自分がいる早稲田大学だけでも同学年は10000人

これに他の大学も足すと、少ない椅子をかけて戦う敵の数は計り知れないだろう。

受験の時は大学に入ることで精一杯で見えなかった事実である。

偏差値が高い=優れた人間ではない。

これは別に受験前からわかっていたことであるが、大学に入ってさらに実感したことなので、もしこれを読んでくれている受験生がいたら届いてほしいと思って書いておく。

冒頭に記述したような、一定以上の大学に入らないとクソであるという風潮は特に自称進学校に多いと思う。(僕も自称進学校だった)

自分の学校の進学実績を上げるために必死なのはわかるが、明らかに煽りすぎだ

大学に入ってみれば偏差値が高くても猿のような学生もいるし、逆に偏差値は低くても社会問題に敏感で、まじめに勉学に取り組んでいる人は無限にいる。

そもそも受験という戦い自体親の経済力とかとかがかなり重要になるので、ダメな人間でも上に行くことがあるし、頭が良くても環境に恵まれないこともきっとあるだろう。

で、その先の就職を見ると、全く学歴が関係ないわけではないが、結局は自分の強みをアピールできた人が良い企業へ就職できるのではないかと思う。

さらに言えば、就職も1回目で成功しなくてもよい。定年まで一つの会社で働き続けるという形が変化しつつある今、就活で思った会社に行けなくても転職を繰り返して最終的にたどり着ければ勝ちなのだと思う。

学歴は必要ないの?

さて、ここまで学歴は必要ないんじゃね?という話を書いてきたが、もちろん良い大学に行っておいて損をすることは少ない。

同じレベルの相手であれば就職でも有利になるだろうし、周りに大学名を言ったときの反応も違うだろう。

ただし、良い大学に行かないと人生が終わるわけでは絶対にない。絶対に。

それが、2年間の大学生活を経て得た答えである。

もちろん、これから就活をやるにあたって学歴の大切さを痛感するかもしれない。少しは考え方も変わるだろう。

けど、人生が一発アウトでないことだけは確かに言える

だから、もしこれを読んでいる中高生がいたら、そこまで追い込まれず、ゆっくり考えて欲しいと思う。

短いけどこれで終わり。

受験が終わって2年経った終戦記念日に、真面目に書いてみた回でした。

それでは。

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